旅銭

[福島県 主婦 58歳]

イラスト  昭和30年3月、父は入院中の仙台市東北病院にて死去しました。勤めの都合で私は行かれず、叔父や兄達、看病中の母達の手で荼毘に付され遺骨となってた帰宅しました。
 3日後に無事葬儀をすませ、四十九日の法要も過ぎて看病疲れの母も落ちついてきた6月の始め、二女の私は父の夢を見ました。生前と同じくカーキ色の乗馬ずぼんの父は照れくさそうに笑いながらまっすぐ歩いてくるのです。
「どうしたの。どうして帰ってきたの」
「だって行けねえんだ。お前ら旅銭くれねえんだもの」
「あっちさ行けねえ」
「いくら、お金」
「10円でいいんだ。10円届けてくれ」
 朝になるのを待ちかねて私は夢の話をしました。母は話を聞くとすぐに、
「それはすまねえことでした。なにしろ、おらも気が動転してたし、大学病院の霊安室だし、いろいろ手ぬかりあったんだ。路銀も入れねえかったな」
と兄と話し、仏前に長く座って拝みました。
 当時若かった私は、入棺の折や葬儀の際の数々の習わしについては詳しく分からなかったのですが、それ以後古くからの習慣が一つひとつ大事なものと認識するようになりました。8月、新盆の行事のあと、16日の朝は仏送りの日です。盆ござに供物をのせ、川に流す習慣がありました。
「秋の彼岸にござあんしょなぁい−−−」
 私達は大きな声で仏に別れを告げます。
「父ちゃん、旅銭ちゃんと入れといたからね」
「大事に持って行ってね」
 母は盆ござの中に紙に包んでお金を入れたのです。父は、にこにこと紙包みの銭を持ってこの世から旅立ったことでしょう。


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