いやがる着物で旅立たせた後悔

[男性 57歳]

イラスト  先年、妻をガンで亡くした。深夜に病院で息を引き取った後、看護婦さんから「湯灌をしますので、遺体に着せるものをご用意ください」と言われて、ハタと困った。
 亡くなる半月程前から病院に泊まり込んでいたため、病人が汗を書いたときの着替え程度は用意していたものの、永の旅立ちに着せて行かせるようなものではない。とくに、その時手元に残っていたのは、妻が「この寝巻は好きじゃない」と言って、袖をとおしたがらなかった洗いざらしの浴衣一枚だったから、なおのこと困惑した。急いで家に帰って持ってくるからと頼んでみたものの、忙しい夜勤の看護婦さんはウンと言ってくれない。
 結局、妻が嫌っていたその浴衣で間に合わせることとなったが、遺体を家に運んでからも、ずっと心残りだった。しかし、いまさら着替えさせるわけにもいかず、今思い返してもせめてもう少しマシな着物を着せて旅立たせてやりたかったと、後悔の念にかられる。
 今は、不慮の事故のようなケースを除いて病死の場合は、病院で亡くなることがほとんどであり、それも時間を選ばない。いざと言う時私のように、心ならずも死者の意に添わぬ着物を着せて湯灌せざるを得ない場合も多いと思う。必ず近く訪れる家族の死を前にして、動転していることが多く、なかなかそこまでの心配りはできないが、やはり、後に悔いを残さぬためにも、準備すべきものは準備しなければならない。
 葬儀当日の次第や段取りは葬儀社が心得ているから、滅多に失敗はないが、それ以前の親族の心得として、湯灌に際しての死装束には、せめて何を着せて旅立たせるかを、事前の覚悟の一つとしてしっかりと心に決め、病室の片隅にでも目立たぬよう用意しておくべきであると思っている。


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