1991.01
死と落語

  新年を迎えて、今回のデスウオッチングは「死と落語」というテーマで初めたいと思います。矢野誠一の、『落語読本』には3百3席の話が載せられていますが、その中で死を扱ったものは35話。約1割が死をテーマにしています。それだけ最近まで、私たちは死と隣併せに生活しており、避けられない死をユーモア化していたのだと思います。今回は死に関する落語をスペースの関係で、10話ほど、そのさわりを紹介したいと思います。


お血脈(免罪符のお話し)

  日本も時代が移り変わって来て、三つの法でやっとのこと治まるようになった。三つの法とは、仏法に鉄砲に女房。ところが日本に色々な事件があって困りましたとき、本多善光という人が、善光寺を建てました。彼があるとき難波ケ池の淵を歩いていると、池のなかに捨てられていた仏様が手招きしています。そしてこの仏様が「信州へ行きたい」とおっしゃった。そこで彼は昼夜の別なくこれを背負って信州まで運び、これが善光寺の縁起となる。
  この善光寺で、お血脈の御印をいただくと、誰でも極楽へ行けるというので、大変なにぎわい。おかげで地獄に行く者もいない。地獄の入り口で待つ閻魔大王は会議を開き、対応策を求めた。
「恐れながら申し上げます。承れば善光寺でお血脈の御印をいただくと、罪が残らず消滅して誰でも極楽へ行けるとか。そこでお血脈の御印を盗みだしたら、極楽へ行く奴も地獄に来るだろうと思います。」
  そこで閻魔大王、石川五右衛門を善光寺につかわして、お血脈の御印を盗みだしてくるように命じる。洒落た泥棒があるもので、昼間はお参りをするように見せて入り込み、夜に入り、忍術をもって奥殿に忍び込み、お血脈の御印をを見つけだした。これを持ったらサッサと地獄に行けばよいのに、
「これさえあれば大願成就、かたじけない」
と頂いて、そのまま極楽へ行ってしまった。

 

後生うなぎ(生類憐れみのお話)

  信心に凝った大家のご隠居が、ある日うなぎ屋の前を通りかかると、店の主人がうなぎにキリをさそうとしている。これを見たご隠居さん
「うなぎは、虚空蔵菩薩様のお使いだ。助けるから売っとくれ」
と、買ったうなぎを前の川にもって行き、
「決して人に捕まるんじゃないぞ。南無阿弥陀仏」
と投げ込んだ。あくる日も、そのあくる日も同じことを繰り返してうなぎ屋を儲けさせていたが、
「生き物が殺されるの所に通りかかるのは、これも何かの因縁」
と、しばらくうなぎ屋の前を通るのを避けていた。ところがある日、用事があってうなぎ屋の前を通りかかった。これを見た店の主人、たまたまうなぎがきれていたので、なんでもそのへんにある生き物と、赤ん坊をまな板にのせた。驚いた隠居、この赤ん坊を買い取ると、
「こういう家には決して生まれてくるんじゃないよ。南無阿弥陀仏」
と、前の川へドボーン。

 

近日息子(忌中の貼り紙)

  芝居の初日がいつだったか、小屋に行って見てくれと親に頼まれた息子、小屋に来てみると看板に「近日初日」としてあった。家に帰って初日は明日だが「近日初日」と看板には書いてあったという。これを聞いた父親は、
「近日とは近いうちということだ。なんでも気をきかして、言われる前に先に先にしなければ駄目だ。本当にこごとを言ってると具合が悪くなちゃう」
とこぼす。これを聞いた息子、気を気かしたつもりで、医者を連れてきて診断してもらう一方、葬儀屋を頼んで、長屋の連中に親が死んだと伝えて歩く。
  そうこうするうちに長屋の連中が悔やみに来るので、父親はびっくりし、どうなってるかときくと、表に「忌中」と貼り紙があるという。これを聞いた父親、息子をしかりつけると息子は、
「長屋の人もあまり利口じゃないな」
「何が利口じゃねぇ?」
「よおく見ろい、忌中のそばに近日と書いてある」

 

主従の粗忽(死亡通知)

  粗忽な殿様、庭の松を移させた植木屋の仕事振りが気に入って、植木屋たちと酒宴を始める。その時、一緒にいた家臣の三太夫に迎えが来て急遽帰宅すると、国元からの書面で「殿様姉上様死去」の知らせが入っている。殿は植木屋とご機嫌よく酒宴を開いているのに、申し上げねばならんと覚悟を決め、殿様に伝えると、殿様は驚いて、
「姉上はいつ逝去に」。
そこまで書面を読んでいなかった三太夫が、またまた引き返して書面を探すとどこにもない。
「あ、あったった、手前の懐にはいっておる。これでは探してもないはずだ、手前どもは粗忽だな」
というわけで書面を見ると「貴殿姉上様死去」とある。
「これは大変だ、殿様ではない。貴殿というのを殿様と読んでとんでもない間違いをした」
  大失態を演じた三太夫はその旨申し述べると、殿様は立腹され
「手打ちには致さん。切腹申しつけたぞ」
「ありがたきしあわせ、早速に小屋に立ち返って切腹つかまつります」
「ああ、待て三太夫、切腹するには及ばん。よくよく考えたら余に姉はなかった」

 

三人無筆(葬儀の受付)

  隠居の葬儀に記帳役をたのまれた熊さん、自分が字が書けないので、女房に「記帳は源兵衛さんにたのみ、お前さんは雑用を手伝いな」と言われて寺に来てみる。困ったことに、あてにしていた源兵衛も字が書けないという。しかたがないので、「隠居の遺言で、記帳は各自銘々に」と苦肉の策を考える。会葬者も一段落したところで、遅れてやって来た辰公が、「すまねえ、字がかけないので書いてくれ」と頼み込んだ。二人は隠居の遺言でなんとかこの場をきりぬけた話しをすると、
「なるほど、それだけの知恵があるんだったら、俺のことも考えてくれ」
「いい考えがある」
「どんな考えだ」
「だから、お前がここに来なかったことにしておこう」

 

蘇生

  学校の生徒がいやがる仲間を誘って、品川沖に釣りに行き二人で小舟を浮かべていると、俄に真黒な雲が出てきて、ポツリポツリと雨が降り初めた。そのうち風が激しくなって大きな山のような波がまいります。むりやり連れてこられた学生は、だからいわんことじゃないと、盛んに愚痴をこぼしていますが、その内に船が大波の上で、クルクルと2、3回まわったかと思うと、下へ下がって、頭から波がドブンとまともにかぶってとても助かる理由はございません。
  しばらくすると、耳元で「オーイ、しっかりしな」という声がします。この声に学生は気づいたようでございます。
「おかげさまで助かりました。うかがいますが、ここはどこですか」
「心配せんでも、ここは神奈川だよ」
「わたしどもは品川沖へ参りまして、釣りを致しておりました。すると先刻の暴風で、ご当地に吹き流され、あなた方のおかげで、命が助かりまして、誠にありがとうございます。」
「うん、そりゃまあ運のいいこったねェ、品川沖から神奈川まで流されてきて、命の助かる理由はないが、学校の生徒だけに、再び書生(蘇生)したんだろう」

 

多勢に無勢(遺体確認)

  世の中にはそそっかしい人がいくらでもあるもんで。古着を扱う太兵衛さんと、同居人の武兵衛さんというそそっかしい二人がいました。ある日のこと武兵衛さんは両国の川開きに出かけて行きました。両国はたいした人出でございます。昼のうちからスポンスポンと花火の音。武兵衛、花火の音を聞いていい心もちになっていますと、橋の向こうから一人駆けだして来た奴がある。武兵衛さんの胸のところへ、頭をストーンとぶつけました。
「オヽ痛へ、畜生、気をつけやァがれ」と懐に手を入れますると、財布がない。金を取られた武兵衛さん、詰まらないから帰ろうとしますと、そこに友人の柴田さんがあらわれる。
「どうしやした、武兵衛さん」
「どうしたもこうしたも、今スリに財布を取られ、一文なしになりました。花火を見に来て、見ずに帰るんで」
「そりゃぁお気の毒だ。マア、家へお寄んなさい」
ということで、柴田さんの家に行って、お酒を御馳走になり、大層よい心持ちになりまして、8時まわったろうと思う時分に、往来で恐ろしい人声。何かの間違いだろうと、女中に聞いてみますと、今両国の橋の欄干が落ち、大層人が死んだという。武兵衛も実に驚いて
「ありがたいありがたい。スリに財布をとられなきゃ、おらァ橋の上で、今時分花火を見ているんだ。きっと欄干が取れて、俺も落っこちて死ぬにちげえねぇ。かえって泥棒に合ったほうが、運がいいぐれいなもんだ」
  お話しが変わり、太兵衛は武兵衛が帰って来ないので、一日中まんじりもしないでいました。翌朝起きて朝飯を食べ、両国へ探しに行こうと思うところへ
「警察から参りました」
という
「何でございます」
「お前さんの家に、武兵衛という同居人があるそうだネ」
「ヘェ、ございます」
「それがねえ、昨夜両国の橋から欄干が取れて、落ちて死亡したという警察からの通知でした。この召喚状をもって、死骸を引き取りに久松町警察まで、早速出頭なさい」
  これは大変と大急ぎで仕度をして路地を出て、しばらくすると向こうから死んだはずの武兵衛がいい心もちで帰ってまいりました。
「おい、太兵衛じゃないか」
「オイ、武兵衛さんじゃないか。言わねえこっちゃねぇ。人ごみに行くてえと、間違いがあるからとあれほど止めたのを、きかなくって出かけるから。お前が死んだって、警察から死骸を引き取りに来いという、この通り召喚状がついている。」
「エッ、こりゃ大変だ。私が死にましたぇ」
「そうよ。サ、おれと一緒に、お前の死骸を引き取りに行くんだ。一緒に行きなせぇ」
という訳で二人は、久松町の警察まで参りました。
「私は下谷町の吉田太兵衛と申します。お呼び出しで、同居人の死骸を引き取りに出ました」
「オーそうか。少々控えておいで。オイオイ向こうに武兵衛の死骸があるから、一寸行って見てきなさい」
「かしこまりました。」
と言うわけで、巡査の案内で遺体とご対面することになる。太兵衛が
「サア、開けるからよく見ねえというと、武兵衛は
「コリゃ私じゃありませんぜ」
「馬鹿を言いねぇ、それだからお前はそそっかしいんだ。自分の死骸を見て、俺じゃねえとは何だ」
  こうして、二人は言い合いになりまして、太兵衛が思わず、武兵衛をコツンとやってしまいした。そこで巡査が飛んできまして、二人に事情をききました。
「お前は何という」
「へえ、私は武兵衛と申します」
「ふうん、してこの死骸はなんてんだ」
「これが、私のところの同居人の武兵衛の死骸でございます」
「おかしいではないか、じゃあ武兵衛は二人いるのか」
「いえ、一人でございます」
「だってこの死骸が武兵衛で、引き取りに来たのが武兵衛とはおかしいではないか」
  というわけで、巡査が二人を連れて
「これに見覚えがないか」
「えー、そりゃ私の財布で、それが昨夜掏摸に取られたものでございます。それをもっていたからにゃ、あなた泥棒か」
「馬鹿言え、してみるとその死骸は武兵衛ではない。お前の財布をすった賊が橋から落ちて死んだんだろう。」
こうして事がはっきりして、二人を帰そうとしますと、武兵衛は巡査に太兵衛に叩かれた件はどうなるかと、くいつきます。
「さあ、白黒つけて下さいよ」
「いくら言ってもお前は勝てんよ。太兵衛(多勢)に武兵衛(無勢)は勝てぬわい」

 

不忍の早桶(埋葬)

  大家が長屋の与太郎に、お前の世話をよくしてくれた親分さんが死んだから、葬式の準備をしろという。
「ともかくもそのほとけを北枕にして逆さ屏風を立って、線香でもあげておかなきゃ、人が悔やみに来ても、ばつが悪い」
「縁起が悪いなぁ」
「何が縁起が悪い」
「北枕にして、逆さ屏風を立てちゃあ」
「馬鹿なことをいうな、ほとけになったらそうするんだ」
  と言うわけで線香を買いに行かせようとしますが、金がない。
「銭がない、呆れ返った野郎だ、線香を買う銭もなくって、とむらいを出せるもんじゃねぇ。どうするつもりだ」
「出さねえつもりだ」
「ほとけをどうする」
「寝かしておく。そのうちに固まってしまうだろう」
「馬鹿いえ、そんなまねをすればほとけが迷わぁ」というわけで与太郎は井戸端に落ちていた早桶を拾ってくる。こんなものは使えないというわけで、大家さん長屋の皆さんから香奠をもらってくるという。しかしそんなことで、しょせん足りるものではないので、余計に銭をもらってくるという。
「長屋のつきあいで、今夜通夜をしてまた明日とむらいに行くとなると、一日暇をつぶさなけりゃならねぇ。それではすいませんから、お通夜もとむらいもお断り申します。そのかわりどうぞ明日休むところを稼いで、その半分でも恵んでやってくれいといやぁ、いやという者もなかろう」
  早速金が集まり早桶を買ったが、ほとけ様を一晩でもよけいにおけば金がかかるというわけで、今夜のうちに葬儀をすませたほうがよいという。
「与太郎、寺の方へはなんとか知らせたか」
「何ともいわねえ」
「それはしょうがねえ。しかしだしぬけに担いていってもいいだろう」
  というわけで家主が提灯を持ち、与太郎が早桶の後を担ぎ、甚兵衛が前を担いで出かけることになりました。真夜中に3人が、霜のなかをざくざくと踏みしめていくと、自分の足音が、まるであとから何かついてくるような気がします。すばらくして、桶を担いでいる方の肩が痛くなってまいりましたので、与太郎が肩を替えようと力任せに、頭越しに肩を替えたとたん、早桶を吊るしていた縄が切れ、桶が横になって、ほとけ様がにゅうと出た。家主は驚いて与太郎をしかったが、桶の底が抜けてはどうしようもない。与太郎はおぶって行けばいいといいますが、そうもできず家主は与太郎に遺体の番をさせて、甚兵衛と再び早桶を買いに出かけます。
  二人が早桶を買って戻って来ますと、与太郎一人で、ほとけの姿がない。家主が理由を問いただすと、
「あんまり二人の帰りが遅いから、一足先に行くといって先行った」
「馬鹿いえ、てめぇ何していた」
「退屈だからほとけ様と話しをしていた」
「嘘をつけ、死んだ者と話しをするやつがあるか」
「嘘じゃねえ、そのうちなんだかしらねぇが、ひょこひょこ動きだした」
「それからどうした」
「だんだん上へあがって森のなかへはいっちまった」
  ほとけなくしちゃあ、しょうがねえというんで、甚兵衛さんを見るとじっと黙っている。
「すましていないで、なんとかいったらどうだ」
「すましているわけじゃありません。抜けちまったんです」
「おやおやまた桶の底がぬけたか」
「なに、今度は腰が抜けました」

 

黄金餅(火葬場)

  下谷山崎町に住む西念という坊主、毎日市中を回ってお経を読み、その家の宗旨が法華だというと「南無妙法蓮華経」と唱え、門徒だと「南無阿弥陀仏」と唱えて小金を蓄えていましたが、ある日風邪をこじらせて寝込んでしまう。このとなりに、金山寺味噌を売る金兵衛さんが住んでいまして、坊主の様子が変なので見舞にやってきます。金兵衛さんが坊主に医者にかかれと言っても、薬代を取られると言っていうことを聞きません。水を飲んで治そうとしています。そこで何か食べたいものがあるかと聞きますと、あんころ餅が食べたいという。お安い御用だというわけで、金兵衛あんころ餅をもって帰ってくる。
「さあ、食べよ」
と差し出すと
「私は人前では食べられません」
という。金兵衛しかたなく、自分の家に帰ってみるが、隣の様子が気にかかる。そこで、壁の穴から西念さんの部屋をのぞいてみる。
  するとこの坊主、胴巻きから二分金など取り混ぜて6、70両を取り出し、次に頂いた餅を手で延ばして、ありったけの金をその中に包んで、食べはじめた。
「この坊主、一生懸命貯めた金が気にかかって死ぬことが出来ねえんだ。世界の通用金をあの世へ持って行く了見だな。さあ大変だ、目を白黒している。胸へつかえたな」
  さあ大変とばかり、金兵衛さんは急いで坊さんの部屋に飛び込んできて、背中をさすったが、ウーンと言ったきりこの世の別れ。こうなると金兵衛さんは、金が入った遺骸が気にかかる。
「今食ったばかりだから、口から出す工夫はないかな。ウンいいことがある、焼き場で取ってやろう。そうすると片付けるのは一人でやらなけりゃいけねえ」
  金兵衛さんは遺骸を菜漬けの樽に押し込んで、大家さんの所に出かけて行った。
  「坊さんが死ぬ前にいうには、私は土葬が嫌いですから火葬にしてくれといって死んでいきました」
金兵衛がそうするつもりですと言ったら、大家も感激して遺骸の様子を見に来た。そして長屋の杢兵衛さんに
「うちの婆さんに2貫ばかりもらって、樒(しきみ)を1本に線香を1束、土器を1枚と白団子を買ってきて、それから茶碗へ飯を山盛りに盛って、箸を2本差して持ってきてくんなさい」
とことづける。そのうち長屋の連中が集まり始め、その日の夜に皆で遺骸をお寺に運んだ。
  お寺で無事お経を上げてもらって、長屋の連中も帰ってしまう。あとに残った金兵衛さん、和尚から焼場の鑑札をもらって、早桶に一人で背負うために連雀をつけ、腰に手拭いに包んだ包丁を差して桐ケ谷の焼場にまいりました。
「おい御坊さん、確かに仏だ、すぐに焼いてくれ」
「並焼きか何だえ」
「値にゃ構はねぇ、安く焼いてくれ」
「おいてきなせぇ」
「すぐに焼いてくれ」
「置いてきなせえ、よく焼いとくから」
「よく焼いちゃあいけねえ。仏の遺言だ、腹は生焼にしてくれ、あんまり良く焼いて後で使えねえと困る」
「何が」
「ナニこっちのこと」
「明日早く骨上げにきなせえ」
  焼場を出た金兵衛、一旦新橋まで出たがまた引き返してきて
「おい焼けてるかい」
と聞く。
「何だ、まるで焼芋でも買いに来たようだな」
「仏はどうだ」
「何か入れ物があるか、なければ壷を売ろうか」
「ナニ胴巻きがある」
「何言ってるんだ、骨だよ」
「アゝ骨か、骨は袂に入れる」
「馬鹿ァいつちぁいけねぇ、骨を懐に入れる奴があるか」
  金兵衛、骨はどこかと聞くと、火屋にあるので取ってくるという。
「いや仏の遺言だ、他人が手をつけるべからず」
  金兵衛は火屋に入って、遺骸のおなかのあたりを、だんだんと竹の箸でかき回すと、なにやら固まりがある。そこで用意した包丁でついてみると、山吹色の金がバラバラと出た。金兵衛その金を袂に入れ、夢中になって薮のなかに飛び込んだ。この金で目黒に餅屋を出し、繁盛したという黄金餅の由来という一席。

 

地獄八景亡者戯(死後の世界)

  伊勢屋のご隠居さんが鯖にあたって冥土をさまよっていますと、喜ィさんがやってくる。喜ィさんはご隠居の葬式を手伝に来て、自分も鯖にあたって死んでしまった。
「えらい災難やったな」
「しかし死んでみるといろいろ心残りがおまんな」
  ご隠居が何だと尋ねると、
「同じ死ぬんやったら、戸棚へ戻した片身の鯖。あれみな食うて死んだらよかったと思うて、それが残念で」
「そんな阿呆なこと。ここへ来る人は、みなもっと大きな心残りを持ってくるのや」
「さよかな。地獄ちゅうたら、どこにおまんのやろ」
「まあ、極楽の近所にあるんやろかい」
「極楽はどこにおます」
「地獄の隣か、なんかやろな」
「ほなその地獄は」
「極楽の隣」
「わからんがな、それでは」
  二人は、しゃべりながら歩いていくと、遊び人風の一団が三途の川に来て、係りの者に何かを尋ねている。
「あのう、これが三途の川ですか」
「これが有名な三途の川でございます」
「ヘェー私も裟婆で地獄極楽の絵を見たことがおまんねぇ。それで見ると陰気な川やけど、なかなかきれいでええ川でんな」
「はあ、まあ景色のええ所でございましてな、昔はもっときれいな水が流れていましたんやけど、このごろ、ずっと上手に工場が出来て、ちょっと水が濁りました」
「はあ、こっちも公害問題が起こってまんねんな」
  終戦からこっち地獄も変わり、ここで、亡者の着物を剥ぐというしょう塚のお婆さんも、当座は失業保険をもらってましたが、今では閻魔の2号さんをやっている。
  いよいよ皆が三途川の渡し場にやってくると、鬼の船頭がいて渡し銭を要求する。この渡し船の料金は死に方と病名によって違うので、亡者もビックリ。
  腎臓で死んだ者は160円。腎臓は小便が出んようになる病気だから、シシの160円。
鬼「お前は何じゃ」
「私は肺ガンでな」
「おう肺ガンでたばこ吸うたか」
  そうだと答えると、
「640円出せ」
「何でだんねん」
「ハッパ64やろ」
「おい、そこの女子、お前は何で死んだ」
「鬼さん、わたし、お産が悪うて死にました」
「では120円じゃ」
「120円、何でだんねん」
「産で死んださかい、サンシの12や」
「心中は二人で死んださかい、ニシが8。ふぐにあたって死んだ者は四苦八苦の苦しみで、シク36とハック72で、合わせて108、1,080円。」
  いよいよ閻魔の前で裁きが始まるが、この日は、何か芸が出来たものは特別に極楽へ行くことできる。しかし医者と山伏と軽業師と歯抜き師の4人は運悪く、地獄に落とされる。
  ところが最初の釜ゆでの湯では、山伏が術で湯をぬるくして助かり、針の山では、軽業師が3人を背負って駆け上がって助かった。そこで閻魔は人を呑む鬼に電話をかけ、助けをかりた。この巨大な人呑鬼に合って、歯抜き師がそのデッカイ歯を虫歯だと偽ってみんな抜いてしまい、そのまま4人は一緒に鬼の腹の中に入った。しかし臓器に詳しい医者が腹の中をひっかりまわすので、鬼はなんとかして4人を出そうとするのだが、4人は中で踏ん張って出ない。鬼は閻魔に
「このうえは、あんたを呑まなしょうがない」
「わしを呑んでどうするのじゃ」
「大王(大黄)呑んで、下してしまうのや」

(資料「米朝落語全集4巻」創元社より)

(以上資料「血脈」「主従の粗忽」「黄金餅」「多勢に無勢」「蘇生」明治大正落語集成/講談社。

「不忍の早桶」名人名演落語全集/立風書房。)

 

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